Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

陰影礼賛

マイロハスに書いた記事をもうちょっと深堀りしてみます。

www.mylohas.net

ネガティブっぽいこと」については、思ったり考えたりしてはいけない、と自分に自分で規制をかけて、なかったことにしがち。あるいは、そんなことを思っちゃう自分てダメだ、器が小さい、心が狭い、とか自分を責めてみたり?

 

なにごとにも、ネガティブもポジティブもなくてそれをそう決める人がいるだけ。当然、感情や思考についてもそうなんだけど、ポジティブシンキングブームっていうか、なんかもう「ネガティブ」を否定するという「ネガティブ」なのはそろそろいいんじゃないか。そもそも陰も陽もどっちもあって、すべてははじめて成り立つわけで、さらには陰も陽も相対的なものであって絶対的なものじゃあない。陽だけがほしい、なんて無理なお話なんです。

「ネガティブ」な感情やジャッジをわざわざ声に出して言う必要はないかもしれませんが、感じたことに蓋をすることもありません。さらには、感じたことに対して、なかったことにしようとしたり、自分を責めたりしたとしても別にいいわけです。ただ、そういうことが自分の中で起きているな、と認知します。これが、マインドフルネスです。

 

自分の中に起きていることすべてを認める。それが自分を認めるっていうことなんだけど、そこが条件付きになっちゃってるケースがすごく多いとおもいます。「ネガティブ」な部分を「ポジティブ」な方向に変換できたら自分を認められる、受け入れられる、というような。で、ネガティブな部分を受け入れられないからだめなんだ…みたいな。認めるとか受け入れるという言葉には手あかがついていてもういろんな意味を持っちゃってるので、自分を認める/認めない、受け入れる/受け入れない、じゃなくて、ただ認知する。あああるな、って。それだけでいいんです。

 

自分の中のYESに気づくためには、感情を認知することが必要になります。感情が動くときは、身体も反応します。その身体の感覚も認知し、その感覚を味わってみます。これはつまり、感情がわいてきたときにマインドフルである、ということです。

 

あまり歓迎できない感情がわいてきたとしたら、それってものすごいチャンス。感情って、自分を導くためのシグナルで、そういう感情が出てくるっていうことは、自分に取ってなにか大事なことを見落としちゃってるよ!という合図。

 

マインドフルネスとか瞑想って、自分を「観察する」んだけれども、確かにそうなんだけれども、それは一歩引いて見る、わけじゃなくて、それは結果。自分の身体にありありと現れる感情を感じたときに、一歩引いて見る、ということが「起こる」。身体を感じること、つまりそれは感情を感じること。そうしてはじめて、自分が大事にしてることが姿を現す(あるいはときに姿を現さないこともあるけれど、それでもいい。そこに固執すると、マインドゲームに絡めとられてしまう)。だからこそ、身体からはじめるのが大事で、ポイントになるのは感じられる身体です。感じられる身体については、またの改めて。



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◆5月29日@東京/武蔵小杉◆

感情に振り回されず、自分と他者を大切にするためのWS



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