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Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

感じやすい身体

身体がリラックスしてくると、自動的に心もリラックスしてくるので、まあ心はあんまりいじらなくてもいいようになります。なにか心が動いたら、その都度それを認知して、それで流れていくから。

ただ、心の動きを感じられないと、心のざわめきはどんどん大きくなります。なぜって、感情は自分の中にある、ちょっとあんたこれ大事だよねえ!っていうシグナルだから。認知されるまでシグナルは送り続けられます。目覚まし時計のアラームがだんだん大きくなる感じで、感情も大きく揺れ動いていきます。おおくの場合、そのアラーム音が大きくなってから気づくので、もうギリギリのところにいるわけです。

たとえば、ほんとうはAという地点に行きたい、はずなのに思考によってBに行こうとする、そんなときに、アラームは鳴ります。おいおい、そっちじゃないよって。でも、それを聞かずにさらにBの道へ進み、また途中でアラームが鳴るんだけれども、もうこっち来ちゃったし、とかなんとか言ってさらに進み続け、最終的にA地点とは全く反対の方向に来ちゃってアラーム音最大、みたいな。

 

最初の分かれ道でアラームに気づいていれば方向修正が楽なものを、もう、反対方向にだいぶ来ちゃってるから軌道修正がめんどうになっていきます。で、もうアラームなんて聞こえなかったふりしてガンガン進んで、最終的にはなんらかの形で強制ストップがかかる。病気とか怪我とか、まあいろいろ動けない状態を作り出します(それもそういう生き方なので良い悪いではありませんし、起こることが起こるだけ。たえがたい状態になってはじめてほんとうに分かる、ってこともありますしね)。

 

感情に振り回されちゃったり、押し込めちゃったりしていると、シグナルをシグナルとして使えないので、アラーム音も出来事も、だんだんいろいろ派手になっていきます。で、もうそういうのは飽きた、というのであれば心の微細な動きを感じられる身体を作っちゃうのが楽かとおもいます。

 

感じられる身体とは、つまりリラックスした身体です。心の動きは、身体に表れますが、リラックスしていないと、心の繊細な動きって感じられないんです。これ、ちょっとなんかいやかも、とかうわーちょっとぞわっとする、とか。アラーム音が小さいと、まあいいかとなかったことにしがちなんですが、大事なことはアラーム音の大きさに関わらずそれを認知すること(つまりマインドフルであるということ)、その上でどうするか決めること。それって自分にパワーを取り戻すってことです。




感情と向き合うことやそのアプローチについて、現在決まっているWSなどはこちら。

◆5月29日@東京/武蔵小杉◆

感情に振り回されず、自分と他者を大切にするためのWS


◆6月11日、12日@広島◆

自分らしく自分を生きる WS  
2日間連続がおすすめですが、単発参加可能です。