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Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

「自分」とはなにか

マイロハスに書いた記事のB面です。マイロハス用にはだいぶオブラートに包みましたが、ブログだからバシッと言います(笑)。

 

www.mylohas.net

 

マインドフルネスは、リラックスするためのものでも、作業効率をあげるためのものではなく、自分につながるプロセス。結果じゃなくて、プロセスなんです。大事なことなんでもう一度言います、結果じゃないです、プロセスです。

身体感覚(五感を通して得る情報)や感情(喜怒哀楽)、考え(〜するべきだ、〜は美しい)などが常に浮かんでは消えていくことに気づき、これらと「本来の自分」を同一視せずに客観的に観察すること。今この瞬間に起きていることに意識を向け、どんな感情でも思考でも感覚でも衝動でも、それをジャッジすることなく、ただ見守ること。そうして「本来の自分」は、それらにとらわれることのない自由で神聖な存在であることを思い出すプロセスが、マインドフルネスです。


そんなわけで、心が穏やかに、はならないかもね。むしろ、敏感になっていきます。感じやすくなるけれど、でも、それに振り回されなくなる、ということは起きてきます。


さて、では「自己」とはなんでしょう? 心や身体? でも、私の心、私の身体、と言いますから、心や身体は「私」そのもの、「自己」ではないわけです。ヨガでは自分の本質を「永遠なる愛の意識」としています。

 

つまり、永遠ではないものは「自己」ではないということになります。心は、ころころ変わります。一生好きでいるはず!思った男が、あるときにはもう憎たらしい存在になったり、子どもの頃は嫌いだったものが、今はおいしく感じられたりもします。身体も、赤ちゃんの頃の身体はもうありませんし、細胞が常に生まれ変わっていることを考えると、毎瞬間生まれ変わっていることになります。

心も身体も、常に変化し続けているわけです。常に変化し続けているにも関わらず、マインドは「私らしさ」を作り上げます。私ってこういう人だから、私にはこれは似合わない、そんなことするなんて私っぽくない……。でも、心や身体は「私そのもの」ではありません。私そのものではない物を、私そのものだと思い込んでいる上、さらに、変化しつづけるものを、永遠であるかのように自分で作った枠に押し込めているわけです。これが、マインドのなせるわざ。

 

私という「自己」は、心や身体ではない。さらに、心や身体は常に変化するもの。マインドフルネスの実践をしていくと、そのことが体験的に分かってきます。そうすると、心や身体に起きることは、すべてひとつの体験にすぎず「私」の価値を上げたり下げたりするものではない、ということが分かります。大嵐のときも、その上には青空が広がっているように、心がどんなに荒れていても「私」という青空はいつもそこにある、そんな感じです。

 

現代社会では結果が重要であるとされているため、とにかく先へ先へと急ぎがちになってしまいます。頭はどんどん先へ行きたがります。あるいは、過去を掘り返したがります。でも、本来の自分は、未来にも過去にも行かず、今ここにいます。そして、身体や呼吸は、今この瞬間を感じるのにとっても役立つツールです。今この瞬間にいつづけること、つまり、身体や呼吸を感じることは、本来の自分を思い出す足がかりになります。イライラしたとき、焦っているとき、悲しいとき。そんなときは、まず深呼吸をひとつ。そうして、自分の呼吸がどんなふうか観てみましょう。本当は自分がどうしたいのかが見えてきやすくなります。

 

とにかく、今この瞬間にい続けるっていうことがポイントです。未来や過去に逃げない。マインドは、これやられるのが一番やなんです。なんでかっていうと、それはつまりマインドの死ってことだから。だから、あらゆる手段を使って上手に、そりゃもう上手に過去や未来に引っ張っていこうとします。だから、普段から今この瞬間にい続ける、自分に気づいているっていうことが大事なんです。急にはできないから。日常のどんなときも、気づく練習はできます。

 

あくびをするとき、口はどんなふうに開いていくでしょうか。顔や身体にはどんな感覚があるでしょうか。呼吸はどんなふうにはいっていきますか? あくびのたびに観察してみましょう。簡単なマインドフルネスの練習です。

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