読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

呼吸が変わるといろいろほんとに変わっちゃう、ということを改めて

「呼吸・整体」を教えてくださっている森田敦史先生が本を出版されました。これは人類にとってのギフトだとおもう(これまでに講座を受けてくださった方々、理解を深めるためにとてもいいとおもいます! )。

 呼吸を通して、なんとなくぼんやりふんわり語られることが多くてスピリチュアル一辺倒になりがちな「(人やものごとの)本質」をロジカルにテクニカルに語ってらっしゃる、とおもう。ほんものの実用書(読んだだけでなんとなく、自分成長したかも的な感じ、になるかもしれないしならないかもしれないけれど、結局のところ実践しなければ何も変わらないという点を明確にされている点においても)。

この本を多くの人におすすめしたい、とおもったときに森田先生との出会いについても思いがめぐり、せっかくなので書いてみました。長いです。

-------

森田愛子先生、森田敦史先生(あいうえを順 笑)との出会ってからの自分の変化についておもうとき、なんだかちょっともうその影響の大きさに圧倒されるような感じすらあります。出会いは2011年、友人が森田先生のところで学んでいたというのがきっかけ。私はその友人のモルモット役としてその講座に行くことになったのでした。そのときは、それだけ。その後、森田敦史先生の0学のセッションを受けたのですが、そのときも、まあそれだけ。でもそのとき、森田愛子先生の「行き詰まったらきてください、お役に立てるとおもいます」という言葉はなんとなく残っていました。

2011年頃の私は、ヨガや瞑想、呼吸法に傾倒していたし、いろいろなことはヨガでなんとかなるし、整体は自分には必要ない、という感じ。ヨガ以外にも、それまでにHIVの治療として西洋医学の薬を飲むのはやだなあというところから、いろいろいろいろやってきていました。マクロビオティック、冷えとり健康法や、ハーブや精油アーユルヴェーダなどなど。体メンテナンスオタクといったところ。言われたことはとりあえずやってみる、という精神を日本の教育を受ける中で培ったわたしは、とりあえず、言われた通りきちっとやりました。ひととおり。中でも、アーユルヴェーダとの出会いは大きかった。これについては、以前ブログにも書きました。興味のある方はこちらからどうぞ。

転機になったのは、2014年の春頃。なにかが起きたわけではないんですが、ヨガや呼吸法や、ヴェーディックな生活や、いろいろやってる。でも、1、2カ月に一度くらい、呼吸が苦しくなることがある。前屈だって硬いままだし、花粉症も完治しないし、冷え性もあるし、生理痛もある。なんでだろう。うーん、これはちょっと人の意見を聞きたい、そうおもって、ヨガのプライベートレッスンを受けました。受けている最中に、何となく、あ、これ違うな、という感覚があったんですが、まあ、そう思ったとしても、言われた通りきちっとやれるタイプなんで、やったわけです。でもやっぱりとくに変化はなかった。そんなとき、愛子先生の言葉をふと思い出しました。「行き詰まったらきてください、お役に立てるとおもいます」。うん、これは完全に行き詰まったぞと。そうして治療院の扉を叩くことになりました。

愛子先生による治療には、先生が治療をストップされた今年の梅雨まで通っていました。最初の頃はだいたい2週間おきに通い(最終的には2カ月に1回くらい)、その都度の宿題(いくつかの動きを習い、それを日々実践する)をこなしていました。最初の数カ月で、みるみる、という言葉がぴったりの体の変化を体感しました。足の爪がきれいになって、冷え性もなくなり(この時点で冷えとり健康法とおさらば)、髪の毛や肌のつやがよくなって、生理痛は軽くなり、体のラインも柔らかくなるなどなどなど。

呼吸が変わったことによるこれらの変化だということが今はわかりますが、当時は、自分の中で何が起きているのかを知らず、ただ教えていただいたいくつかの動きを日々実践していただけ。そうして、ときを経て、どんな経緯だったか思い出せないのだけれど、2015年秋、森田敦史先生の講座で「呼吸のニュートラル」という概念を知ることになります。わあすごい!とか、目から鱗!とかそういう華やかな感じではなく、うへえええええというかんじでした。なんかもう、いろいろいろいろやってきたことが、全部つながった、と。ずしーんときた。愛子先生の治療だけでなく、ヨガとかアーユルヴェーダとか、ヴェーダとか、ヤマニヤマとか、NVCとか、マクロビとか瞑想とかぜんぶ。ぜんぶです。うへえええええ。これか、と。いろいろいろいろやってきたからわかることなのかもしれないけど、でも、いろいろいろいろやんなくってもよかったんじゃ? というなんかもう爽快感のある、うへえ。

私にとって大きなギフトだったのは、愛子先生の治療を通して先に体で「呼吸のニュートラル」を知り始めていたということ。そのあとに、知識としてのそれを知ったので、急に統合された感じ。その後ほどなくして、敦史先生の「呼吸・整体」の連続講座に参加し、AA(Aiko Addiction:愛子先生の治療への依存 笑)からも無事抜け出し、自分で自分の面倒を見ること、自分で自分に責任を持つ、ということについて肚をくくりながらも、他者の力を実感し、ああやっぱり人という字は、支え合って人となる…なんて金八先生に思いを馳せ、支え合うことが自立なんだなとか、自分のマインドのクセとか、体の使い方のクセとか、自分の呼吸を見ていく中でいろんなことが起きました。呼吸を見ようと思うと、結果的に全部みることになっちゃう。バガヴァッド・ギーターで言っている「マインドや体をつかって、マインドや体から自由になる」というのはこういうことか、と。それから、

「呼吸のニュートラル」という羅針盤ができたことで、マインドフルネスの質ががらっと変わりました。だから、「呼吸のニュートラル」を知る前と後では、もう格段に、いろんなことが違う。結果的にヨガインストラクターの看板をおろし(私が伝えたかったことはヨガでは難しいとおもったので)、肚から生きる、まんなかに還る、をキーワードに活動していくぞと肚をくくり、そうしたら、呼吸の講座をという声をかけていただいたりするようになった、というところです。

私の講座を受けるより、森田先生方の講座を受けたほうが…と思うこともなくはないのだけれど、旅の途中の私だからできることもあるだろうし、心をどうにかしたいと思って色々やってきた経緯もあるし、体を変えたい、というよりは心をどうにかしたい、という人と近いところにいるような気もするし、なにより私は愛子先生の治療や講座も受けているし、敦先生の講座も受けている(これはお二人にはできない経験、しかも現在進行形)! この経験は宝だし、だからこそのなにかがあるかもしれない、ともおもっている次第。その何かのひとつは、受けてみて超よかったから、一緒にやってみようよ!というお誘いをしたい気持ちが強いということだとおもう。編集者だった頃は、広く浅くいろいろな超いいよ!を伝えてきたけれど、いまは、ひとつに絞って深く伝えるということがおもしろい、というかんじです。

私が実感していて、ここ超シェアしたい!という部分を敦先生の著書から抜粋。

「たとえば、いわゆる悟りを開いたような、何かの極致に達した偉人・哲人たちの言葉にも、よく「ただ在るがままに」「自然体でいる」といったことが重要だとされます。しかし、さまざまな本を読んだ人であればわかるとおもいますが、この言葉は注意が必要です。「在るがままに生きる」「自然体でいる」というのは、究極に大きなスケールの所作で、それは実は小さなテクニカルな所作がしっかりできている人だけが実感できる世界です。」

「人間の体は呼吸状態に合った肉体に変化します。つまり、息が上がった呼吸状態ですと、その呼吸しようの筋肉・神経・関節になり、またその呼吸仕様の動きになります。(中略)だからこそ体を動かし、呼吸法をすることによって、新しい呼吸仕様の体に変化することをより加速的に促すのです。(中略)ふだんの呼吸状態が変わってくると、そしてふだんの呼吸状態への理解が深まると、そこからさまざまなモノ・コトの本質が見えてきます。」

「15年以上健康の世界に携わって多くの不調に悩む人たちと接してきた経験から、はっきりと断言できるのは、普段の自分に気を使えない人、些細なことを雑にする人は治りにくいということです。」

 

そして、これまでにも講座などでご紹介してきましたが、愛子先生の著書はこちらです。一家に一冊どうぞ。

 

いつもの呼吸で病気を流す - 酸欠が治れば自然治癒力はぐんぐん上がる!  - (美人開花シリーズ)
 

 

深呼吸のレッスン

深呼吸のレッスン

 

 

お二人のサイトはこちら。

森田愛子先生

自分の呼吸と日常を整える呼吸・整体K-Raku Style | 身体を育てなおす K-Raku style Yoga & Therapy & Learning

 

森田敦史先生

呼吸整体勉強会