Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。生きることを活かすこと、「生活」について綴ります。

もしかしたら残酷かもしれないメソッド

 
 
 
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何を食べたらいいとか、誰と付き合ったらいいとか、どんな(ふうに)仕事をしたらいいかとか、どんな生活をしたらいいのかとか、そういうのがわかるのは人間として生きていたら普通のことなんだと思う。それを特別なことにしたらちょっとちがうんだと思う。人間として本来ある思考も本能もどっちもちゃんと作動させてないと、わからなくなるだけ。それは思考をしないとか感情をコントロールするということではなくて(むしろそれをするとコケる)、たんにすでに持っている本能のところがちゃんと働くようにする、それだけ。で、その鍵、文字通りその扉を開ける鍵のひとつが呼吸。ほかにもあるのかもしれないけど、私が知りうるなかで、生きてりゃ誰でも使えるような鍵はこれしか知らない。それはもしかしたら残酷なのかもしれない。入手が難しい鍵なら言い訳できるけれど、単に使うか使わないか、やるかやらないか、になってしまうから。なぜ呼吸なのか?答えが欲しい人は踏み入れない方がいいかもしれない。結果重視の人にはすごく向いている。人間は人間であって、人工知能じゃないんだから、データとか何が正しいとか、そういう理論理屈ではわからないものでいいじゃないか。 直近のオープンクラスは9/1 17:15〜です。めずらしく少しお席に空きあります。

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