Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。生きることを活かすこと、「生活」について綴ります。

腰痛は自傷行為

 
 
 
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今日は月に一度のオープンクラスでした。頭痛がなくなってた、心身が軽くなってた、歩きやすさが違うなど感想をいただきました。みなさん静かに帰るので(余計なことしゃべりたくないんだよね、わかる 笑)、どんな感じでいるかは実は気になるところ。シェアしてくれるのはうれしいです。腰痛その他は自傷行為なんだ、という名言も出まして。そう、心身の不調は自分で作ってる。残念ながら。でも、私ってそうなんだよね、そういう癖があるんだよね、ってそこにとどまる必要はなくて、変わりたければいつでも変われる。次回のオープンクラスは11/2(土)です。普段の呼吸、自分を傷めない呼吸についてやります。

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2019年12月呼吸瞑想合宿のお知らせ

合宿のお知らせです。
リトリートではなく、合宿です。
10日間の某瞑想とかちょっと長いな、
でもガチでやりたいな、という方にはぴったりな感じです(笑)。

今回は誰でも参加できます。
合間で希望者には個人セッションもしようと思っています。
とにもかくにも、日常で、普通に、瞑想状態で、を目的にしています。
つまり、いつでも肚にいる、自分でいるっていうところです。
そこを徹底的にやります。
全日程ではなく、一日、一部日程参加ご希望の場合にはご相談ください。

 

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瞑想合宿@湯河原

ただひたすらに瞑想的に過ごす合宿です。
というときに、ここで
瞑想とは何か、というのを明確にしておく必要があります。
一言でいえば、

「自分の本質に触れることであり、そのための条件」

です。

座禅を組んで静かにただすわる、というものを想像するとちょっと違う、と思うかもしれません。
ただ、自分の本質に触れ続けること。
人間は動くものですので、動きの中で、日常の中でそれができること。
そこを目的にした合宿です。

森の中とか自然の中とかそういうところにも行きません。
でも、あまりにも都会すぎると最初は難しいので
少し静かな場所、でも神秘的ではなく自然食とかでもなく、ごく普通の場所を選びました。

前回の合宿で温泉があるといいな、という声をもらったのでそこは反映しました(笑)。
温泉に入るとリラックス、というのは皆さん経験していると思いますが
自分に合う温泉って、入ると息が吐きやすくなります。
ものすごく下腹部が収縮するなあという温泉もあれば、そうでもないな、という温泉もあります。

物事が自分に合う合わない、は息で判断ができます。
何を食べるのかどこに行くのか、などなど。
細かいところでは、どのように歯を磨くと、どのように椅子に座ると、いいのか。
息が教えてくれます。
好みや気分は揺らぎますが、息はブレません。
自分に適った人生を送るって、すごく果てし無く思えるかもしれないけれど
自分に適った一挙手一投足を選択するところから始めると着実です。

そういうところを合宿の中で見つけて欲しいと思います。
そしてそれはそのまま、自分の本質に触れ続ける条件であり、その状態となります。

自分で日常の中で、本質に触れ続ける。
そのための明確なやり方とともに、
日常で実践するときの感覚のようなもの、このようにすればいいんだ、というようなものを
持ち帰ってもらえればと思います。


《参加資格》
どなたでも

《日程》
2019年12月2日(月)〜12月5日(木)の3泊4日

《場所》
ニューウェルシティ湯河原
http://www.welcity-yugawara.co.jp/

《参加費》
6万6000円(+税)
DOJO生は税込6万6000円


●料金に含まれるもの
・合宿期間内の全ての講座等受講費、個人セッション費


●料金に含まれないもの
・現地までの交通費
・宿泊費
1泊2食付き13800円+税
・ランチ


※キャンセルポリシー
・開催5週間前まで:参加費の20%
・開催1週間前まで:参加費の30%
・1週間前から開催当日:100%
 ただし、ご縁ある他の方への譲渡は可能です。


《お申し込み》
松永真美へメッセージまたは、メールにてお申し込みください。
remember.nowhereme@gmail.com

※定員女性10名、男性5名、最低催行人数9名




《スケジュール》

■1日目
14:30 会場集合
15:00〜17:00 セッション 1
17:00〜18:00 セルフプラクティス
18:30〜夕食〜セルフプラクティス
21:00〜22:00 セッション 2



■2日目
07:00〜08:00 セッション3
08:30〜09:30 朝食
10:00〜12:00 セッション4
12:00〜14:00 昼食〜セルフプラクティス
14:00〜16:00 セッション5
16:00〜18:00 セルフプラクティス
18:30〜夕食〜セルフプラクティス
21:00〜22:00 セッション6


■3日目
07:00~08:00 セッション7
08:30~09:30 朝食
10:00~12:00 セッション8
12:00~16:00 昼食~セルフプラクティス
16:30~17:30 セッション9
16:00~18:00 セルフプラクティス
18:30~夕食~セルフプラクティス
21:00~22:00 セッション10


■4日目
07:00~8:00 セッション11
08:30~9:30 朝食
10:00~13:00 セッション12


【会場までの交通】
最寄り駅 JR湯河原駅(JR熱海駅から東海道線で6分、小田原駅より東海道線で15分)
より無料シャトルバスまたは路線バスで10分

 

 

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なぜ呼吸・整体なのか

呼吸シェアリスト講座のクラス
(呼吸のことをシェアしたい人のためのクラス)では、
「なぜシェアしようと思ったのか」
をシェアする時間を作っているのですが、
その時にみなさんがシェアしてくれたことが、
おお~という感じだったので
なんかよかったら後でテキストなどにして欲しい、とリクエストをしました。
そうしたら、ブログやポストで書いてシェアしてくれて。
なんか私も書こうかな、と思いました。

 

ちなみに、受講中の方のブログはこちらです。
(FBにポストしてくれた方のは、公開範囲が限定されているので残念ながらこちらではシェアできず)

 

ameblo.jp


note.mu

 

 

なぜ私が呼吸・整体コーチとして活動しているのかというと、
それはもう、ひとえに、

 

このメソッドは人類へのギフトである、

 

と思っているから。
いやほんとまじで。

 

これは、独り占めしたらダメなやつなんですよ。
美味しいもの食べたら、これは一人で食べてていてはいかんやつ…ってなるみたいな。
素晴らしい景色を見たら、これはちょっとみんなに見せたい、みたいな。

 

いろいろいろいろ、人生ってなんだろう自分ってなんだろう、を追求して
あれこれやってみたり、地団駄踏んだり、もがいたり、
でもなんかうまくいかない、しっくりこない。
私がそうだったように、そういう人って結構多いんじゃないかと思うんです。
そういう人には是非やってみてほしい。

 

ヨガの呼吸法を毎日2時間やったり、マントラを日に何時間も唱えまくったり、
アーユルヴェーダとか、マクロビとか冷えとりとか、食事や生活法をガチでやったり。
数年単位でそういうのをやってきました。
たとえば、日の出の96分前に起きる、というのが
アーユルヴェーダの生活法の中にあるんですが
それに始まり、経典に書かれている生活法、全部きっちりやりました。
(夏とか、3時台に起きることになるんですが、白湯飲んで、ごま油全身に塗って半身浴して、ヨガして呼吸法して瞑想して、みたいな)。
靴下6枚重ねて履いてたこともあります(冷えとり健康法)。
私、こう見えて結構素直なんで、言われた通りにやるんですよ。

 

いまいち結果が出ないのは、これらのメソッドがどうこうっていうんじゃなくて、
これらのメソッドを実践しようとしている自分がなってなかった。
砂漠にただタネを蒔いても、発芽しないように
まずそれらのことをできる土壌がなかった。
と、いまは分かります。

 

呼吸・整体は、その土壌づくりでありながらも、種まきでもあり、
さらには育てるプロセスであるという感じです。

 

ある仏教の瞑想の合宿に参加したことがあるんですが、
呼吸を感じる、自分の体の動きを観察する、これを無言業で3泊4日くらいだったかな。
確かに、4日目にはなんかいい感じになった感はあったんですけど
家に戻れば、程なくして通常営業になる。
インドで一週間アシュラムに滞在して呼吸法やりまくったときもそう。

 

呼吸を感じる、自分の体を観察する。

 

これって、ああいうすごい人たちが言っているレベルで
できる人どのくらいいるのかな。
才能ある人はできると思う。
でも、私みたいな一般人には、できなかった。
(当時は、できてると思っていた)

 

呼吸・整体は、そのベースになるところを埋めるような、育てるようなものです。
これはまさに、息コミュニケーター、呼吸シェアリストの講座でやるんですけれど

 

「呼吸を感じる、観察する」

の裏にある莫大な情報を、誰でもわかるように噛み砕いているのが
「深呼吸の衝動」というプログラムと「自然呼吸」というプログラムで
それぞれこの一言をテキストでは10ページくらいかけて解説してます。
それでも、入門向けに省いたところもある。

 

天才とか、ものすごい才能のある人は、スポーツでもなんでも
「ガッとやればいい」とかで理解できるんでしょうけれど
そのガッっていうところが凡人には理解できないわけで、そこをひたすらに細かく
誰にでもわかるようにものすごく親切に解説しているのが呼吸・整体です。

 

誰から教わるか、はすごく大事だともちろん思うんですが、
呼吸・整体のメソッドは、まず、メソッドとしてすごい。
もしも、考案者の森田敦史さんが、ものすごい凶悪な犯罪とか犯したとしても
えー、じゃあもう呼吸・整体やらない…とはならないくらいにはすごい。

 

ここまで細かく呼吸について、誰でも実践可能な形で伝えているメソッドは
私の知る限り世界を見渡してもない。
(一度、ないかなって思って英語で色々検索してみたことがあるけどなかった。むしろあったら教えてください是非)

 

ちなみに、実践していると、これまでよくわからなかった哲学の内容とかが
それに関して全く勉強していないのに、なんだかわかるようになる。
ヨーガ・スートラとか、バガヴァッド・ギーターとか。
ですよね感がすごい。
体を通して、実感して、それを頭でも理解するという順序になるのかな。

 

このメソッド、まだ考案者の森田敦史さんも生きているし、まだ更新されてもいるし
そこに居合わせているって、すごいよなあ、と常々思っています。

 

あ、そもそも、これを伝えていこう、と思ったのは
森田敦史さん、当時これを瞑想とかそういうもの、
というふうには決して言わなくて、
でも、もう講習中、これは絶対にそうだ、と私は思っていて、

なぜだなぜだなぜ言わないのだ…
「敦史さん言わないなら、じゃあ私が言う!」

というような感じです。
人生何がきっかけになるかわからないものです 笑。

 

 

 

 

 

生き方と体

 
 
 
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自分なり、自分らしい生き方。 ってつまり、自分に適した生き方ということで。 生きる、というと結構壮大なんだけれども、 それを細かく見ていく と、1年とか、3ヶ月とか、1週間とか1日とか、になります。 で、さらにその1日を細かくしていくと、 仕事をする時間、食べる時間、などなどになりますね? で、例えば食べる時間、をさらに細かくしていくと、 椅子に座るとか、お箸を持つとか、お茶碗を持つとか、 まあそういう動作になっていくわけです。 動作、一挙手一投足って、人生の最小単位。 それがまず自分に適しているのかどうか? 椅子に座る、手を伸ばす(おかずとかにね)。 その時に、息が止まる、浅くなる。 ってつまり、人生の土台になるところが自分に適していないってこと。 それを続けていれば、肩が凝ったり、腰が痛くなったり、慢性的に不調があったり。 生き方を自分らしく、自分に適したものに、とするのなら 土台である、日々の動作、一挙手一投足を自分に適したものに。 それが実は遠回りのようでいて近道と思います。 という話を割と長く通ってきてくれている方に話したら なんだかすごく腑に落ちたそうなので(前にも話してるけどね!笑)改めて。 あそこが痛いここが痛い、不調だ、は、 人生からのそうじゃねえ、やり方変えろ、サイン。 体のことと、生きることはどうやったって切り離せない。 当たり前だけど。体があって生きてるわけだから。

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ダークサイド認めちゃえば

なぜ瞑想をするのか

なんで瞑想をするのかと言ったら、
それはただ、自分の持ち味を生かすために
かもしれない。

 

自分の持ち味。
例えば、猫がうさぎっぽさを帯びてきたら、どうだろう。
いやそれは、猫はそれでもかわいいな。
例を変えます。

 

私は果物だと、スイカが好きなんですが
やっぱ1年中どこでも売られてるバナナこそスターっぽいしあこがれる!
みたいな感じで
イカがバナナっぽさ出してきたら
それは違うわけです。
バナナも好きですが、スイカはスイカでいいし、バナナはバナナでいい。
というかだからこそいい。
イカっぽさ足されたバナナとかちょっと違う。

 

自分の持ち味って、誰かを目指したり、誰かっぽさを足したり
そういうのをする中で見えてくることもあるかもしれないけれど
でも、自分以外の何かの中にはなくて、
自分の持ち味は自分の中からしか出てこない思うのです。

 

生きる中で身につけた色々な、しがらみ、こうあるべき、とかではなくて、
本来の自分の持ち味を生かすために。

 

この世界を、なんていうか、

料理みたいな、オーケストラの演奏みたいな

そんな風に見ているんですが、

それぞれがそれぞれの役割を果たしてこそのハーモニーというか。

 

みりんと思って使ったみりんが、
いや、なんか酢に憧れてて、最近ちょっと酢っぽくしてるんです、
っていうような状態だったら、煮物が台無し。

 

トランペットがフルートの代わりをするとなったら
トランペット的にはものすごい労力がいる上に、完璧にはこなせない。
フルートじゃないから。
で、ハーモニーもそのようになる。

 

ミミズが蛇に憧れ出して、俺もう、いろんな分解とかじゃなくて
カエルとか飲んでみたいんで、分解とかやめます。
とかなったら。

 

この世界のバランスって、本当に精妙にできていて、
そこはたぶん、人間がどうこうできるところではなく、
もう自然界の掟に則って歯車のひとつとしてやってくしかないし
きっとそれが一番楽でかつ、役にも立つんじゃないかと思う。

 

で、そのためにできることって、
まず自分っていう世界のバランスをとっておくことなんだと思うんです。
ほらあの、大きな宇宙の写しがそのまま個っていうような感じで。

 

私はそれをざっくりと肚で生きると言っています。
自然の歯車の一部として、スムースに回れる自分である。
そうすると、なんか自分で歯車を回して、どうこうっていうのではない
なんかいろんな歯車がかみ合って見える未知の世界がそこに。

 

その肚で生きるために、どうするかっていうと、
今この瞬間に生きる、ということになるんですが
そんなポエミーに言われましても。
んじゃ、それって、どうやればいいの、ってなる。

 

そこで呼吸・整体の手法が、ものすごく細かいレシピを
超初心者向けの料理本みたいな、そんな感じで提供してくれてます。
(伝える側としてスクールなどで学ぶと学術書を紐解いているような感じです)

 

肚で生きるって、つまり、自分の持ち味を生かして
ついでになんか役にも立ってて、でも自分はけっこう楽、
というような感じです。

 

その世界を味わってみたい人は、オープンクラスへ。

その世界を自分で作ってみたい人は、息コミュニケーターへ。

その世界を誰かに共有したいひとは呼吸シェアリストへ。

 

その世界を味わって、自分で作れるようにする。かなりの精度でいつでも。
それが呼吸DOJO。今新規募集はしていないんですが。

 

という感じです。

 

次のオープンクラス

10/5(土)17:15〜@藤沢

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息コミュニケーター、呼吸シェアリストは

現在9月スタートの名古屋開催を募集中です。

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もしかしたら残酷かもしれないメソッド

 
 
 
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何を食べたらいいとか、誰と付き合ったらいいとか、どんな(ふうに)仕事をしたらいいかとか、どんな生活をしたらいいのかとか、そういうのがわかるのは人間として生きていたら普通のことなんだと思う。それを特別なことにしたらちょっとちがうんだと思う。人間として本来ある思考も本能もどっちもちゃんと作動させてないと、わからなくなるだけ。それは思考をしないとか感情をコントロールするということではなくて(むしろそれをするとコケる)、たんにすでに持っている本能のところがちゃんと働くようにする、それだけ。で、その鍵、文字通りその扉を開ける鍵のひとつが呼吸。ほかにもあるのかもしれないけど、私が知りうるなかで、生きてりゃ誰でも使えるような鍵はこれしか知らない。それはもしかしたら残酷なのかもしれない。入手が難しい鍵なら言い訳できるけれど、単に使うか使わないか、やるかやらないか、になってしまうから。なぜ呼吸なのか?答えが欲しい人は踏み入れない方がいいかもしれない。結果重視の人にはすごく向いている。人間は人間であって、人工知能じゃないんだから、データとか何が正しいとか、そういう理論理屈ではわからないものでいいじゃないか。 直近のオープンクラスは9/1 17:15〜です。めずらしく少しお席に空きあります。

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