Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

呼吸のニュートラル®️で指圧を受けてみた

先日の呼吸・整体のトレーニング、テーマは「関わり方」でした。
(私が受講する側です。今も学びは続けています。多分ずっと探求は続く…)
「触れる」について、と言いますか、まあ、そんな感じなんですけれども、
今の状態でかつて受けていた指圧を受けたらどんな感じだろうかという探求心が湧いて来ました。

で、受けてみました。

呼吸・整体に出会う前は、月に1回程度、調整のために行っていた指圧です。
なんだかよくわからないけれどなんだかもうすごい、という感じで、
私の友人たちの間では神と呼ばれている先生の指圧。

でも、呼吸・整体に出会って、呼吸のニュートラルが浸透してくると
そもそも不調が起きにくくなる上、たいていの調整ができたりとか、まあそんな感じで人の手がほぼ必要なくなってくるので、もう数年のブランクがありました。

受けてみた結果ですけれども、

やはり神でした。

そして、こんなすごいことしてくれてたんだと、感動しました。

宇宙体験みたいな(怪)。
宇宙体験ってなんだそれって感じですが、私もよくわかりません。
とにかくなんだかよくわからないけれども、すごいぞ、という感じです。
あとは想像で埋めてください。
わかったのは、あの頃の、息上がりまくり力みまくりだった私は、
その恩恵を十分に受け取れていなかったということ。

あっという間に呼吸が落ちて、調和状態、先生の手と自分の体の、なんだろう、協奏?共創?
我汝の不在感。

いやもうほんと、あいつがどーだ、こーだいう前に、自分をまずなんとかしろっていう話だし、
自分のあり方次第で、相手から受け取れるものがこんなにも変わってしまうのかと。

そして、体その他をコントロールとか、無理だわ、と思いました。
せいぜい体の働きの邪魔をしないようにするくらいしかできないし
自分の体すらコントロールできないのに、その他いろいろなことをコントロールできるわけがない。

かつては、終わった後に、例えば、ここがどうだったから、調整しておきました、
とか、そういう説明をしてくれていたんですが
今回は、もうわかってるよね感で、特にコメントはなく終了。
もう肚での対話も済んでますし、十分だよね感。
言葉いらず。

体を持ってて本当によかった、とおもいました。

 

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まだまだ寒いけど、空はもう春。

呼吸でマインドは静かになるのか

今月に入って、固定のグループで深めていく「呼吸DOJO」が始まりました。
名古屋での会や、ある企業内での講座など、活動量が増えて息が上がりそう(笑)。

呼吸でマインドが静かになる、と言ったことはないんですが
みなさんからの感想見てると、どうやら静かになるようです。
体やマインドが静かになるというのは割と初期の頃に起こるのかもしれません。
呼吸と心が繋がっていることを考えれば、まあそうですね。
そして、さらに深めていくと、マインドを放し飼いにするだけの
ホールド力がつく感じがします。
心身のノイズがなくなり、肚の声をきく、というところから、
肚の自分の方が大きくなって、
マインドや肉体としての自分が"駒"みたいになるところへ。
DOJOではそこを見据えています。

<参加者の感想>
講座前後の深呼吸動画の比較では、身体がゆるんでるのがすごく分かる。
肩や顎の位置がけっこう違う気がする。
でも一番自分の実感としてはマインドが静かになったこと。
最初は
「よし、深呼吸をするぞ、深呼吸ってどうやるんだっけ?
鼻から吸って吐いてでいいのかな?まあいいか、
よし、吸ってー吐いてーこんな感じかな?うまくできてるかな?」
みたいな思考がいろいろ回ってたきがするけど、
終了後はそのマインドがすごーく静かになって
「深呼吸だね、こんな感じ、はい。(シーン。。。)」
みたいに、何も考えずにやっていた感覚があります。

で、宿題の体操は粛々と寝起きとか、出かける前とかにやってます。
なんかだんだんクセになってきて、
椅子に座ってて疲れたーって思うとゴロンと寝転んでやりたくなる感じ。
金曜日、この体操をしてから出かけて地下鉄に乗った時、
すごく呼吸がニュートラルで心地良くて、
人混みを歩いているのにすごく静かにすーっとしている自分がいました。
身体の感覚としては、歩いている時に身体の軸がすっとしてて、
それ以外の肩から先の腕とかは脱力しててゆるい感じ。

そしてマインドくんの静かさをさらに体験したのは土曜日。
1日子供たちと動物園という人混みに出かけていたのに、
イライラキーキーほとんどしなかった!
これすごい自分でびっくり!
いつも通り、なかなか前に進まない、勝手に行っちゃう、
のイライラ行動オンパレードなのに、
不思議とイラッとせずに落ち着いてニコニコすごせている私。
人混みの中で遠くの子どもたちを呼ぶのに
大きな声を出さなくちゃいけないシーンが何度かあったけど、
この大声を出すのがすごくおっくうでちょっとためらう感じだった。
(講座の後にしゃべりたくなくなったのと同じ)

日曜日・月曜日も、比較的おだやかで子供に大してムダな怒りが発動しない。
ムダな怒りというのは、たいてい思考でつくりあげている
(→イマここに起きている事実を超えて、自分の解釈とそこから勝手な妄想で、
「これは見過ごせない!」「そんなこと許せない!」みたいなことで沸き立つ怒り)
というのを実感していたこのごろなので、余計にその効果を感じられこの数日。

ていうことで、ゆるゆる体感しながら、マインドくんをどうどうと鎮めていい感じ、なここまでの体験です。
(Iさん)

 ---
1.はっ。あがってる!て瞬間に気づくことが増えたような。
なにかを得ようとすると、あがりやすいらしい。
たとえば、満員電車のとき、空席をみつけて座ろうと焦るとあがる、とか。

2.あがりそうなときに、呼吸はニュートラルに。を切り離していることで、
落ちついてすごせる。
たとえば、お偉方をたくさん前にしたプレゼンなど。
(Mさん)

---
普段からニュートラルの域には程遠いけど、
前以上に、自分今いらいらしてるな、とか、焦ってるな、等、
切り離して少し離れたところで観察することが増えました。
いらいらしてから気づく、は前からあるけど、
切り離して観察してる感覚は、確実にdojoの成果です。

と同時に、前なら確実に緊張してたシーンで変にゆったりしてしまい、
もっとさっさと話せとさっそく怒られました。苦笑
心と呼吸と体のバランスが、うまくとれるようになるといいなぁと思います。
すごいぞ呼吸dojo
(Sさん)

---
昨日、新月で、雨だし、生理もきたので、からだは重くて、息もきつい感じでした。
そんな時でも、呼吸のいくつかの動きやって、力抜けてくると、
なんか、それなりになる、という感じがする。

いつも一定の調子ではなくて、落ちてるときは落ちてるなりの真ん中があって、
そこにいたら、まあこんな感じだなって思えるなーって。
(Mさん)

 

 

今後の講座などの予定はこんな感じです。
●1/31(Tue)13:00〜@東京
残2名★〜自然呼吸の体験〜 本当の自分に還る道 自分本来の呼吸は、じぶんの本質を生きるに通ずる

●2/6(Tue)13:00〜@茅ヶ崎
胸を開いて、深呼吸〜♪は勘違い?〜自然呼吸の体験から、楽な姿勢と自分を思い出す〜

●2/14(Wed)19:00〜@東京
2/14開催〜自然呼吸の体験〜 本当の自分に還る道 自分本来の呼吸は、じぶんの本質を生きるに通ずる

●2/27(火)10:00〜@名古屋
あなたの知らない呼吸の世界!カラダもココロも整う呼吸を体感してみませんか?

●2/27(Tue)7:30〜19:30 @名古屋
呼吸復習会@名古屋

●3/17(Sat)〜20(Tue)@宮城県石巻市
3泊4日の呼吸集中合宿@モリウミアス〜本来の自分に還り、大地につながるリトリート〜

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雪すごい

順番、逆です

こわくなくなるから、自信があるから進めるんじゃなくて、
こわいけど自信もないけどビビりながら進んでみたら
あれ、意外と大丈夫じゃね?
みたいな感じで歩いていけるわけです。
過去のいろいろだなんだが癒されるから楽になるんじゃなくて、
楽になるから癒される。
いずれにしてもいつもの層から出たところ
そこにいるっていうのがポイントです。
その層から出たところにいる自分に気づく方法っていろいろあるけど
呼吸のニュートラル®︎でいる、そのための体を育てる、
っていうのが確実な道な感じがしています。

 

現在募集中の講座などはこちら
●1/13(Sat)17:30〜
楽に生きる、自分の本質を生きることを本気で体現したい方へ 【呼吸dojo】2018年第1期 A/土曜日開催 
●1/16(Tue) 10:00〜
本当の呼吸を知ると体もココロも整っていく!究極の呼吸レッスン♪

●1/16(Tue) 18:30〜
呼吸復習会@名古屋
●1/16(Tue) 15:00〜
個人セッション@名古屋
*詳細はメッセージにてお問い合わせくださいませ
●1/31(Wed)19:00〜
〜自然呼吸の体験〜 本当の自分に還る道 @東京
●3/17(Sat)〜20(Tue)
3泊4日の呼吸集中合宿@宮城県石巻市

 

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2018年1月開催の講座のお知らせ

大晦日。今年も無事に過ごすことができました。
関わってくださった皆さんに感謝です。
ありがとうございます。

1月のクラスなどはこんな感じです。
ご縁のある方と時間を共にできるのを楽しみにしています。


2018年もどうぞよろしくお願いいたします。


◆固定メンバーで練修を重ねる【呼吸dojo】がスタートします。
水曜日午前中(二子玉川)と土曜日午後(藤沢市)に開催です。


《呼吸dojo@藤沢市鵠沼
1/13(Sat)17:30〜

楽に生きる、自分の本質を生きることを本気で体現したい方へ 【呼吸dojo】2018年第1期 A/土曜日開催

《呼吸dojo@二子玉川》※残席3
1/10(Wed)10:00〜

楽に生きる、自分の本質を生きることを本気で体現したい方へ 【呼吸dojo】2018年第1期 B/水曜日開催

 

◆名古屋で自然な呼吸を体験する会と、復習会を開きます。
かねてよりリクエストのあった個人セッション枠もあります。

《自然呼吸を体験する会》
1/16(Tue) 10:00〜

本当の呼吸を知ると体もココロも整っていく!究極の呼吸レッスン♪

《復習会》
1/16(Tue) 18:30〜

呼吸復習会@名古屋

《個人セッション》※残1枠
1/16(Tue) 16:00〜
*詳細はメッセージにてお問い合わせくださいませ

 

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いくら学んだって変化なんかしない

〜クラス、講座など〜
●12月16日(土)@東京都文京区
Zen in Action vol.3 呼吸と日常所作2

●12月22日(金)@東京都渋谷区
"自然体で生きる"実践 in歳末の大通り(自然体に着地する呼吸ワークと自然体を馴染ませる街歩き)松永真美 x 永野辰馬

●12月23日(土)@神奈川県藤沢市
呼吸dojo〜マインドフルネスと呼吸〜

●1月16日(火)@名古屋
本当の呼吸を知ると体もココロも整っていく!究極の呼吸レッスン♪

 

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いろいろ学んだんだけれども、なかなか変化が感じられなくて。
だからもっと学ばないと。
って、そりゃそうだ、学んだって、実践しなければ何も変わらない。
自転車の乗り方を本で読んでわかったって、
実際に自転車に乗る練習をしなければ乗れるようにはなりません。

世の中には、意識を変える、すると世界が変わる、というような
そういうことも言われているけれど、
まあ、それもそうで、世界をどう見るかは変わると思う。
つまり世界が変わった、ように思う。
でも、意識を変えたとしたら、自分の行動も変わるんではないかな?

先日山梨で呼吸の合宿をしました。
参加者のひとりに、定期開催の呼吸DOJOにも参加している人がいました。
初めて会った時とは明らかに体も(顔、表情も)変わっていて、聞けば、
その時出した「宿題」をひたすら実践していたそうなんです。
で、その動機は
「やらなかったら次回会った時にやってないことがバレるって思った」から。

恐れからの行動は、よくない的にあーだーこーだ言われますが
自分が「自分」と思っているものなんて、「自分」なんかではないし
呼吸の練習については、動機なんてどうだっていいと思っています。
体が変われば、呼吸が変わります。
呼吸が変われば、マインドが変わる、のではなくて
マインドなど、どうでもよくなります。

ただやる。
それってすごく強いです。

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空気が澄んでいて、冬は夕焼けが派手。



「私」として生きる

日々をあっという間に過ぎる、とは感じていないのだけれど、
気づけば月日が流れている。
最後のブログ更新から1カ月以上も経っていた!

10月、11月、現時点で決定している講座などはこんな感じです。

●10月24日(火)@東京

【残3名】『本当の自分を思い出す呼吸』の体験〜自分本来の呼吸は、じぶんの本質を生きるに通ずる〜


●11月4日(土)@福岡

「今この瞬間のいのちのきらめきを生きる」自分本来の呼吸ワークショップ


●11月6日(月)オンラインクラス

オンライン講座| スピリチュアルコンパス〜自分の本質を生きる智慧〜

●11月11日(土)@神奈川県藤沢市

呼吸dojo〜楽な呼吸、自分の自然な呼吸を探求する〜

●11月12日(日)@東京

Zen in Action vol.2 呼吸と日常所作

 

●11月20日(月)@東京

『本当の自分を思い出す呼吸』の体験〜自分本来の呼吸は、じぶんの本質を生きるに通ずる〜

 

●11月24日(金)@茅ヶ崎

【胸を開いて、深呼吸〜♪は勘違い?〜本来の自分に適った呼吸の体験から、楽な姿勢と自分を思い出す〜

 

●11月30日(木)〜12月3日(日)@沖縄

Zero リトリート沖縄

 

●12月8日(金)〜12月10日(日)@山梨

2泊3日の呼吸集中合宿@フフ山梨〜本来の自分に還るリトリート〜

 

●1月16日(火)@名古屋

本当の呼吸を知ると体もココロも整っていく!究極の呼吸レッスン♪



ベルギーの友人が、日本に滞在していろいろな人のポートレイトを描いて
その展示をベルギーでする、ということで、それに寄せた文章です。
お題は、「女性として日本で生きる」。
割と気に入っていて、どこかで発表しようと思っていたものです。
最近は、特に、これを思って暮らしていました。

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生きていく上で、人は色々な顔を持つのでしょう。
女として、娘として、妻として、母として、などなど。
でもそれ以前に、私たちは人として生きています。
女として生きるのも、それを超えた人として生きるのも、
どちらもとても素敵だし愛おしく思います。
でもそれでもやはり、私は「私」として生きることを選びたいと思っています。

女として、人として、生きるのであれば多くの先達がお手本を残してくれています。
どんな風に生きたら幸せなのか、どんな風に生きるべきなのか。
でも「私」としての生き方は、私が最初で最後の人間です。
ですから、お手本もなければ、当然ライバルもいません。
だから、とても自由です。
何の明かりもない道を自分で照らさなければならないような、
あるいは、自分でそもそも道を切り拓かなければならないような感じもあります。
ひょっとしたらそれはとても困難に見えるかもしれません。

でも、私には「私」という強い味方がいつでもついていて、
その「私」であるとき、
私は適切なタイミングで適切なものを適切なぶんだけ与えられることを知っています。それは、「私」への信頼とも言えます。
私が悲しく思ったり、怒りを感じるような出来事であったとしても、
それは私にとって必要であると「私」が判断したものです。
だから私は安心して、その感情や出来事を体験することを楽しむことができます。

そこにあるのは、それがどんなことであっても、
身に起こることはすべて素晴らしいギフトなのだという「私」への信頼であり、
私にはきちんと自分の足で立ち、そして幸せになる力があるのだという
私への信頼でもあります。

私が「私」として生きるというのは、
なぜだかは全然わからないのだけれど、でも、この道だ! という
よくわからない確信のようなものとともに、
そして、少しの勇気、私と「私」への信頼とともに歩む道、のような感じです。
どうやら私はそんなふうに生きていくようです。

 

People have many faces, various roles through their lives.
For example, as a woman, a daughter, a wife, a mother and so on...
However, in the first place, we live as a human being.
I adore both living as a woman and as a someone beyond.

But I would like to choose living as “myself".
If I choose to live as a woman or a human being, t
here would be many examples and role models by the pioneers
and ancestors in the history : the way to live or how to live happily...

But I am only one person who pursues how to live "as myself".
I am the beginning and the ending.
So there is no role-model or rival, and I’m free.
I sometimes feel like I have to light up the dark way by myself
or I have to remove the hardships and open my own way, it may seem very difficult.

But I always have "myself" on my side,
and I know "myself" can give the right things in the right timing when I am "myself".
I trust "myself".

Whenever I face things which make me feel sad or angry,
they are what "myself" judge that I need them.
That is why I can enjoy experiencing the feelings and happenings with relief.

Things there for me are the gift for me from "myself",
no matter what it is, what they are,
and I can stand up with my feet and make me happy.

Living as "myself" is like believing this is my way with a causeless confidence
and a path with a little courage and trust for “myself".
This is the way I live.

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先月、小浜島でみた、朝焼けの中の虹。小浜島、またすぐにでも行きたい。

2017.8.21〜8.27 日々のこと

今後のクラススケジュール 

●8/28(月)オンライン講座|生活に役立つインドの叡智〜アーユルヴェーダの食事と生活法、季節の過ごし方〜 vol.3

●9/2(土)呼吸dojo〜本当に心地のいい呼吸をしる、学ぶ、体験する

●9/21~24 小浜島リトリート:進化変容への道~ "本当の自分で生きる"を頭と身体で理解する~

 

8月21日(月)

浜松での初めての講座。初めての場所、人、のときは少し、自分への疑いが出て来る。ちゃんと伝えられるかなとか、受け取ってもらえるかなとか。今回は80代の方も2名参加してくださった。そのうちのおひとりが、魂での深いつながりがあって、場をホールドして応援してくれていた。

連続で講座をした後の帰途で聞くのって、だいたいクラシック。ショパンを聴いていたら久しぶりにピアノを弾きたくなった。最後に弾いた曲が、ちょっと自分の中で納得がいく仕上がりではなかったので、それだけを弾く練習をしてもいいかも。ピアノを習っている時って、発表会があって、そこまでに曲を仕上げるということをしていたけど、そうじゃなくて、ただ楽しいから弾くというのを今やってみたい感じ。

 

8月22日(火)

昨日の講座に参加してくれた蓮農家のみっちゃんがくれた蓮の花。朝起きて、一番にそのことを思い出し、その姿を見たい、という思いとともに起きる。満開で、風が吹くとすごくいい香りが漂う。蓮の花ってこんなに近くで見たの初めて。見惚れてしまう。

旅から帰ると海に浸かりたい。けれど波が壊滅的にない。シュノーケルの練習…とも思ったけれど風も強い。7325コーヒーで朝ごはんを食べ、おしゃべり。

マツコの知らない世界を見たら、練り物特集。魚を食べることができていたとき、練り物って好きだった。美味しかったという記憶もある。もしかしたら今なら食べられるかも。スーパーマーケットに行って買ってこよう。

行ってきました。練り物コーナーの前に立って眺めてみたけれどどうしても手が出なかった。肉や魚を美味しく食べられたらすごく色々楽だといつも思うのだけれど、どうしても手が出ない。

 

8月23日(水)

朝ゴミを捨てに外に出たら、もう秋の風。秋に切り替わっていくときって、いつも切ない。持っている思い出のせいなのか、秋がそうさせるのか。今日は二十四節気処暑だって。

体が本格的に生理に向けての準備に入ったときの1日半くらい、気持ちが落ち込むということがよくある。落ち込みポイントは、たいてい、普通に結婚して子供産んで、奥さんやって、みたいなものへのモーレツな憧れ。毎月準備してるんだから、ちゃんと使えやー!っていう子宮の言い分か?といつもおもう。

蔦屋書店に行き、メキシコの本などを読む。メキシコ、秋にくらいにいこうかなとおもっている。あと、ハワイを思い出したくて、よしもとばななの「サウスポイント」。先月のハワイリトリートで行った場所がちょこちょこ出てきて懐かしい気持ちに。そして、ハワイのあの、エネルギーが体に充填された感じ。いつでも戻れるように、気に入った場所に自分の分身を落としてきたのだったなあ。あのハワイリトリートって、ほんと夢のような時間だった。実際、夢か現か、というところにいた。直線的な時間軸の上にはいなくて、点の上を素早く移動しているようなそんな感じ。

 

8月24日(木)

未来のことなんて心配したってしょうがないよ、そんなのどうなるかわかんないじゃん。というのと同じように、未来のことを天や宇宙や神やらに願ったってしょうがないよ、そんなのどうなるかわかんないじゃん、とおもう。

前に携わっていた雑誌の別冊が出たと聞き、よかったなあ、すごいなあ、と思って書店で手に取ったら、私がかつて翻訳した記事が結構な分量使われていてびっくり。うーん。出版業界やウェブ業界の、ライターやフォトグラファーやデザイナーに対する色々についてよく耳にするけれど、そうか、出版業界もここまで来たか。出版業界って契約書なしに物事が進むけど、不文律があって、それで秩序が保たれていた、とおもう。信頼関係でものごとが進む世界だった、私がいた時代は。そして、発注する側とされる側(編集サイドとスタッフ)は対等な関係だったし、尊敬しあっていた。だから、何も言わずに二次使用するなんて、それはもう編集者人生の終わりを意味した。信頼や尊敬、それぞれの仕事への矜持。媒体作りに必要不可欠だもおもっていたけど、もうそういう時代じゃないのかな。

 

8月25日(金)

久しぶりに波のあった朝。天気はいいけれど、やっぱりもう風が秋だなあ。

昨日から、ネットの通信速度がとても遅い。なんでだろう?いろいろ調べてみたけれど、よくわからない。ここをアジアのどこかの国だとおもって過ごそう、バリとか。と、おもいつき、そうか通信速度が遅いことそのものが問題なのではなくて、この日本で、しかもそんなに電波が届かないような田舎ではない場所でそれが起きている、ということが私にとって引っかかるのだなあ。それってつまり、この場所では、こうであるはずだ、こうあるべきだ、という考えがもとになっているっていうことだ。元に戻るまでは、ネット作業が必要な時は、どこかカフェに行くことにしよう。

 

8月26日(土)

朝はサーフィン。チンクイにやられるこの頃…。今日はもういないんじゃないか、と思って行くけれど、まだいる。今のところ、ドクダミエキスがかゆみにいちばん効くけど、なんかもうちょっとビンゴなのがありそう。

夜は呼吸・整体の学び。背中の真ん中らへんの存在が明らかになって嬉しい。ここが使えるってこんな感じなんだ! ここを知ると知らないでは、紀元前・後みたいな感じ。当然、背中の真ん中あたりは物理的には存在していたのだけれど、意識が向いていないし気づいてないからなかったことと一緒だ。呼吸の感覚が全然違う。

 

8月27日(日)

今日も1日呼吸・整体研究会。背中の真ん中が明らかになったことで、強息法の感覚が全然ちがう、というようなことなど。広く全体を学んだ後に、深掘りしていく作業。パズルのピースがぱちんぱちんと気持ちよく埋まっていく感じ。終わりなき探求。

最近、ひそかにツッコミを入れていること。ドリカムの「何度でも」の歌詞について。10002回目はまたダメになるかもしれないよね? (歌詞は10000回ダメでも10001回目はなんか変わるかもしれない、だから何度でも立ち上がろう、というような内容。)なんていうかその、ここまでいったらOK!というようなそのゴールを見据えて向かうということについて、それはもちろん悪くはないんだけれども、その過程、プロセスをやりきる、生ききるっていうことが抜けると途端に辛くなる。その途中でもしかしたら、道を変えたくなるかもしれないわけで、10001回目を目指しちゃうと、そこが変えられなくなっちゃう。結果って、後から生まれるものだ。パンの生地をこねて形成して焼くことはできるけど、その形や焼き加減を、思い通り寸分違わずぴったりに、っていうのが無理なのと同じ。

 

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秋がやってきた。いちじくのごまソース。いちじくって無花果と書くけど、花はこの食べている内側の部分なんだって。