Forget for get

呼吸と体を通して、自分を思い出すこと、それは「自分」を忘れること。呼吸と日々の食事でHIVとともに生きる心と身体をケアする松永真美が、生きることを活かすこと、「生活」について綴るつれづれブログ。

2017.6.5〜6.11 日々のこと

6月5日(月)

早朝に家を出て高松へ向かう。 小田原駅の新幹線乗り場に行くとよく見る光景、ビジネスバッグの整列。それは、新幹線を待つ人たちが、自由席の乗り場のところにバッグを置いて順番待ちをさせ、持ち主はベンチに座っている、というもの。最初に見たときは、なんとも残念なような物悲しい気持ちになったけれど、最近はこれを見ると日本って平和だ!と思う。

岡山から瀬戸大橋を渡る電車に乗り、高松、そして市電で仏生山温泉へ。温泉はとろりとしたお湯が心地よくて、静かで、そして洗練された空間。温泉→読書→うたた寝、の繰り返し。1日中だらだらと過ごす。

いつもとしていることはあんまり変わらないけれど、移動して場所が変わるとか、アウェイの場所で過ごすとか、そういう刺激が必要なことってたまにある。移動することで見えてくるもの。そして家事などからは一切離れて一人で静かに過ごすっていうのも時折必要。リトリート。

 

6月6日(火)

朝起きて外に出たら、ビワの木を発見。食べ頃のが結構なっている。しかも手に届くところ。1つとって食べてみたらすごく美味しい。もう2つもらう。鳥も食べてた。果実って、木になる子供のようなものだけど、それが地面に落ちて木の養分になることを思うと、木のお母さんでもあるんだなあ。鳥のフンもそうだ。いのちの循環。

温泉で中川さんと落ち合う。久しぶりだし、結構長いこと知っているけれど、ぴかーんとしたエネルギーは変わらないなあと思う。まっすぐさ。今日は中川さんの友人の高松ローカルのてっちゃんがアテンドしてくれる。

てっちゃんのその物静かだけれど、内側にある何か確かななもの、その感じが頼もしい感じ。人との距離の取り方が心地よかった。近すぎず離れすぎず、でもちゃんと気にかけてくれているような。そして相手のため、と自分のため、が一致しているような安心感。1日ローカルなところを回ってくれて、落ち着いた楽しさとともに過ごす。

最後に行ったてっちゃんおお店で中川さんの最新の写真集『ダレオド』をようやく見られた。とてもすばらしかったので、買う。

高松のうどん、とてもおいしかった。けれど、1日3食は多すぎた。夜、中川さんと岡山に戻り、モーレツにサラダなど野菜料理を作って食べる。

 

6月7日(水)

朝起きたら、雨。梅雨入りだって。 特に予定があるわけではないので、中川さんとおしゃべりしながら夏みかんジャムと梅ジュースの仕込み。この時に撮ってくれた写真、とても気に入っている。

その人がどんなところにいても、どんな風であっても、たとえ外側から不幸そうに見えたりしても、大丈夫。という確信がある。「今」の結果は今はわからないし、それぞれのいのちが、ちゃんとそれぞれの道を行く力を持っている、という信頼があるから。

その、それぞれが、それぞれの道を行く、その道程で、ある通過点で、ともに時間を過ごせたら、それはそれは素敵だ。

素晴らしく美味しいインド料理屋さん2軒に連れて行ってもらい、地元の作家さんのガラスのコップも買えて(しかもたまたまご本人がいらしてお会いできた)嬉しい。

 

6月8日(木)

夜行バスで朝帰宅。日本で乗るのは初めてだったけど、とても快適。時間も有効に使えるし、帰ってくるときはバスもいいかも。朝帰宅するっていうのは結構好き。新宿のゴールデン街で飲んだり、徹夜で仕事したりで朝帰りが多かった頃の懐かしい思い出も。

とくに目的があったわけではなく、なんとなく決めた今回の旅行。行ってよかった。中川さんに会うのが目的なら今週末彼女は都内に来るし、旅行に行く明確な理由ってなかった。でも、先に「行く」が決まり、そこからはその場その場で起きることが起きただけというような感じ。結果、お互いが、今この時に会えてよかったという感じだったし、一人で過ごした時間もとてもよかった。

夜、おちんちん先生から林さんの青梅を受け取る。梅ジュース用。黙々と単調な作業をするのは割と好き。

今晩からとーちゃんの家で暮らす。彼が旅行に行っている間の猫係。猫がいる暮らし、久しぶりで楽しみ。

 

6月9日(金)

どこかから帰って来たとき、どこか新しい場所に行ったとき。海や温泉にぽちゃんと入るだけでチューニングされる感じがする。 というわけで、海へ。

夜、サイゼリアに初めて行く。今まで行く機会がなかったけど、サヴィちゃんが誘ってくれたおかげで。サイゼリアとか真美さん誘いにくい、とのことだったけど、いつもじゃないけどジャンクなものも食べる。物質そのものよりも、そこに流れる何か、の方が私にとっては大事。疲れてたり本当は料理したくないのに義務感で作ったオーガニックな食材を使った料理を食べるなら、楽しい気分でお惣菜を買いに行ったり外食したりして、リラックスして食べるのが好き。

 

6月10日(土)

自分を無駄使いしないようにしよう、とふと。

プロにただで仕事を頼むことについて。友人や知人の、例えばデザイナーや写真家やライター、ヒーラーなど、原価がないようなそんな場合。ちょっとデザインして、写真撮って、文章書いて、マッサージして、前世見て、などなど。私もライター時代にそういう事はまあまああった。

八百屋さんが野菜を仕入れる、みたいなそんなわかりやすい原価はないけれど、技術やセンスという商品を売っているわけで、それにはうーん…となる。友達だから払いたい、友達だからタダにしたい、っていうその相互関係があるといいなとおもう。

でもその一方で最近思うのは、持ってるものは全部オープンにしたいということ。これって別に私のものではないし。私がたまたま得たものであって、それって私が一人で独占するためじゃないはず。でもそこに値段をつけるのは、ちゃんと向かい合うっていうことをしたいから。タダだからとか安いからまあいいか、みたいな感じじゃなくて。

 

6月11日(日)

波がないので江ノ島までパドルで。烏帽子岩まで行こうかという案も出ていたけど、今日は軽くにしとこう、と。片道20分くらいなので気楽。江ノ島の誰も行かない(潮を選ばないと行けない)岩場はフナムシパラダイス。これがフナムシか(初めて認識した)。中嶋さんはフナムシを捕まえて嬉しそうであった。

猫ってやっぱり、数時間とか会うんじゃなくて一緒に暮らすことにその醍醐味がある。ほわっと柔らかい言葉は通じない小さな生き物。でも、なんか通じ合えてる感はあるし、尊重し合ってる感もある。猫と暮らすと、言葉など通じない方がコミュニケーションはうまくいくんじゃないかとおもうほど。

去年、NVC(ノンバイオレントコミュニケーション)のインターナショナルトレーニングで、お互いの母語で話、それを聞きあう、というのをした。私の相手はポーランドの人で当然何を言っているかはわからない。相手も日本語はわからない。それでも、とても深いつながりがそこにはあった。ストーリーを聞くのではなくて、それに隠れている何か。それを聴くためにはストーリーはいらなくて、日本語でもポーランド語でも猫語でも、何かそれを媒介してくれるものさえあればいいんだとおもう。

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波が通ったあと、夕日に照らされてキラキラ輝く砂を見るのが好き。どうしても目がいってしまう。

 

 

 

今後のクラスなどのスケジュールはこち
http://www.nowhereme.net/schedule

●6/23(金)呼吸と体で自分の本質を思い出す〜呼吸の1Dayワークショップ〜

●6/26(月)オンライン講座:生活に役立つインドの叡智〜アーユルヴェーダの食事と生活法、季節の過ごし方〜

●7/1(土)  本当に心地のいい呼吸をしる、学ぶ、体験する vol.0

●7/7(金)〜13(木)

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師と仰ぐ森田愛子先生の本のライティングを担当しました。
とってもやさしく書いたので、気楽に読んでいただけるかとおもいます。